雑記

こんにちは、56代のなだです。この記事はみす56代 Advent Calendar 2023 - Adventarの7日目に位置しています。

 

人生20年も生きていれば、誰しも1度は「生きる意味」について考えると思います。今回の記事では、僕の考える生きる意味や死生観について語ろうと思います。

 

余談(とばしてもいいよ)

 

僕がそんなことをよく考えていたのは小学生の頃でした。中学受験のために勉強に励んでいたその時期が僕の人生で最も頭が良かった時期なわけですが、塾に通う電車内で生きる意味について考えた結果導き出したのは、「人は生きたいから生きている」という当たり前な結論です。例えば僕はゲームが好きだったので、ゲームで遊びたいから生きている。他にも、ドライブが好き、アニメを見るのが好きなど、多くの人は趣味をする幸せのために生きていると思います。つまり、子孫繁栄、社会貢献みたいな協調的な目標は生きる意味にはならないという事です。その頃の僕はそんな考えだったので、「今を楽しむ」ことに重きを置きました。中学受験に成功して大学付属の中高一貫に入ったので、今後の人生で受験をする必要が無くなったわけですから、とにかくゲームしてました。主にスプラトゥーンとAPEXに時間が溶けました。

そんな考えだったので、自殺についてあまり否定的ではありませんでした。生きるに見合う楽しみが見つからない、それよりも生きる苦しさが上回っているという人に生きることを強制することは、本当にその人のためになるのかというのは難しい問題です。

ですが人は時が経つと考えが変わるものです。今では自殺に対して否定的な考えを持っています。自殺を選ぶ人は選択肢が少なくなっている人だと思います。そういう人には周りが選択肢を提示してあげるべきだと思います。いじめられている、ブラック企業に勤めている人には、学校を辞める、会社を辞める、訴えるなどの選択肢もあります。X(旧Twitter)では、アフリカ人の自殺志願者へのメッセージが話題になっていました。かのヨルシカは、「死ぬほどのことはこの世に無いぜ」、「死ぬほど辛いなら逃げ出そうぜ」と言っています。逃げ出して踊りましょう。

 

現在

 

では現在「生きる意味」をどう考えているかというと、僕は今「安心するために生きている」感じです。

歳をとったことで、子供のころは考えもしなかった、自分が死ぬときのことを考えるようになりました。年老いて、子供に囲まれて息を引き取るのか、独身のまま中年で孤独に死ぬのか、若いうちに病気や事故で突然死ぬ可能性もあります。そう具体的でなくとも、自分の将来のことを考えると、何歳までは生きたいという漠然としたものがあると思います。そんなことを考えていると、今度は僕が死んだ後の世界について考えるようになりました。

死後の世界とはどんな所でしょうか。有名なのは天国と地獄ですね。ですが全くの無が広がっているかもしれない。死後の世界は口なしの死人にしかわからないので、誰も本当のことは知らない。それはとても怖いことです。ホラー映画なんてものがありますが、幽霊が居れば安心できます。魂というものがあり、死後も存在を保てることが証明されるわけですから。ですがそう旨い話は無く、死後は恐らく無なのだと思います。なぜなら、天国と地獄・幽霊というのは、死の恐怖に抗うために人が生み出した創作ですから。

死後、教科書・書籍などの形で歴史に残るような人は数えられるほどしか居なく、過去に生きていた数多くの人は記憶にも記録にも残らない。そうなると、僕はこの世界が割と好きなので、できるだけ長くこの世界に残っていたい。死んだ後も、自分が存在したという証明を残したい。

では自分が存在した証明を残すとはどういうことでしょう。強力なのは教科書などの記録に残ることですが、有名になったり何か偉業を成し遂げたりというのはなかなか難しいです。僕は、世界が終った時の結末が、僕が生きたことによって少し変わればいいと思います。バタフライエフェクト的な。つまり、この世界に対して何か影響を与えたい。その影響が僕が死んだ後も波及して欲しい。

その手段として僕は絵を描いています。誰かを感動させて、その心を大きく動かすことが出来れば、その人の人生から後世に僕の存在が伝搬する。誰かの人生を変えることができるような作品が作れれば、僕は安心して死ぬことができます。まぁ今はそんな高みとは程遠い場所にいますが。絵上手くなりてぇ~。

最近では絵の上達に限界を感じてもいるので、他の手段についても考えます。例えば、子供を作るという事。子供を育てて、自分の死後も自分の代わりに生きてもらうというのは、存在を残すという意味でかなり強力ですね。つまり、この記事の前半で否定した生殖本能というものに見事にハマってしまいウケる、といった感じです。ですが、子育てには莫大な金額がかかりますから、その後の人生はほとんど労働と子育てに費やすことになるでしょう。知らんけど。そうなると他者に自分の人生を完全に委ねることになるので、できれば趣味で花咲かせたいところではあります。

また、良い企業に就職して、仕事で結果を残すという手もあります。ですが、僕はそもそもあまり働きたいと思っていないので、仕事に対してそこまで熱意をもってやれるかというと微妙です。まぁそもそも僕は絵ばっか描いてないで、就職のこともっと真剣に考えるべきなんですけどね。働きたくねぇ〜。

 

アウトロ

 

僕の「生きる意味」について書いてきましたが、僕が絵を描いているのは結局絵を描くのが好きだからですし、「今を楽しみたい」という気持ちは変わっていません。ただ、僕に残された時間はそこまで長くないかもしれない。何者かにならないと死ねない。そんな焦燥に駆られている、という話でした。